次世代の車 クリーンエネルギー

僕らは次世代の車を待ち続けよう

水素エネルギーによるグリーンでクリーンな動力

IT-ITSシステムによる高速道路での自動走行、交通事故のない車社会

軽量小型化させてゆく便利な乗り物たち

でもそれは50年後の100年後の夢物語


今はどう?

先進国が排出し続けた汚染物質が地球環境に明らかなダメージを与え

今になってゴールまで数十年かかる次世代の車を求めたとしても

ゴールまでまだ続く数十年分の排気ガスをどうすればいいのか


先進国だけが クリーンエネルギーを実現したとしても

発展途上国たちは同じ歴史を繰り返して更なる排気ガスを撒き散らすだけ
 

 

 

 

僕は悲観するよ 100年後 北も南も人類たちは

みな燃料電池によるゼロ排気ガス社会を実現しているだろう


でも その100年後まで続いた自然なんてわずかなもので

アフリカや南米大陸 中国までもが砂漠化し

東南アジアの熱帯雨林は痩せ衰えている
もう二度と地球を傷つけないとなってもその時点で地球はもう全身傷だらけで

愛しい自然動物たちの姿はほとんど見られなくなっている


車だけじゃない

家庭からの排出エネルギーや 業エネルギーが止まらない限り

次世代の車が現れようが何も変わらないのだから


日本の山間部を訪れてごらん、緑の山が果てしなく続くグリーンアイランド
このかけがえのないものを奪ってしまった後で次世代の車を実現したとしても

また自然を取り戻すのは数百年の歳月がかかるのだから


次世代の車を待ち続ける

でも地球はそれまで待ってくれるものなのかな?

 

性能 次世代の車

「――ああ 僕たちは色々な次世代の車を想い浮かべてきたね

未だ来ぬものに憧れる心、新しいものを創ろうとする意志、

次世代の車はそういう冒険の結晶っていうのかな、見果てぬ夢幻だよ


早朝から降り続けた長雨も 午後になって ようやく動きを止めたよ

忘れていたのに こっそり太陽まで頭を出して 今は一条の眩しい光

 

「ケン それであなたの次世代の車は 結局見つかったの?」

わたしは思い出す もう何年も前のこと

自動車業界に携わるようになったケンが 今の車に飽きたのか

次世代の車の絵ばかりを 思い描くようになった頃のこと


「あぁ 僕にはもう分かっている

本当の次世代の車のありかって 知っているんだぜ」

聞いた? ケンがそんなことを言うなんて

知っているのなら もっと早く教えてくれてもよくなくて?


「未来 聞いてくれるかな? 次世代の車は自分自身にある

水素カーでも電気カーでもないよ 僕自身が次世代の車だ

―――― わたし 何て言えばいいか分からなかった

リアクションを どう取っていいのか分からない

 

 

 

 

「ほら 冗談言っているんじゃないよ

自分が免許取り立ての頃を 思ってごらん?

高速で100km出すのにも びびってた、駐車場のバックで入れるのも 一苦労だった

初めてのセルフのガソリンスタンドで給油した時は 軽いパニック状態だったし

首都高を走った時は 絶対事故ると思ったよ それが今じゃどうだい?」


山の中腹から 蒸気があがってゆく

天辺はまだ霧に隠れていて なんだか正体が見えないわね


「うん わたしもそうだった。初めの頃は 車に乗るのが怖かったもん

今はすっかり車をコントロールしているっていうか

思うように動いてくれるの あぁ 分かった ケンの言う次世代の車って」

しゃべっていて わたしはケンの次世代の車に気が付いた

うん それは正解だと思うよ 誰でも頷くって


「100km出せば次は120

今じゃ140kmまでは 普通に制御できるドライバーになったよ

つくづく感じるな 人の心は和田岬で 寄せては返す波のごとく

ひとつ叶えてはひとつ増えて どこまで続いてもゴールはない


次世代の車って言うけれども 物理的なリミットなんて くだらないよ

僕の中の次世代の車って 凄く進歩した

どんな道でも 焦らなく運転できるし 歩行者を気遣うこともできる

高速渋滞だってイライラしないよ

車の本質は スピードとスリルじゃなくて

快適さと安全だって 分かった気がするのだから」


穏やかな波音を思わせる ゆっくりの口調ね

ケン そう聞くとあなたの次世代の車って 昔よりも進んでいるみたい


そうさ 次世代の車は 自分の心の中にある

未熟なドライビングテクニックが一人前になり

心が充実してきた今は なんと素晴らしいドライブができることか

これはいくら ハイブリッド技術が進歩しても

どれだけ高級なセダンに乗り換えたとしても

追いつくことのない 本物の次世代の車だから」


驚くじゃない

自動車の性能ばかり追っていると思っていたのに

急に次世代の車を精神論で語るなんて

「だけど この先の次世代の車も まだまだ楽しみにしているんだ

技術的にも そして僕の心の面でも

だから次世代の車は終わらなくて 僕の永遠の冒険さ

さぁ 帰ろうよ 未来」


ケンは大きく伸びをして 車に戻ろうとする

ちょっと待ってよ あなたはそうやって自分だけみたいに言うけれど

あなたこそわたしの未来

未来という名前に生まれてきたわたしは、ケンの子供を産みたいと思うの

二人の次世代の車って いうのも悪くないでしょ?


――口に出せない想いね

あなたが言い出すまで、二人の次世代の車のこと、わたしは待っているわ

 

次世代の車

「次世代の車」が授業のテーマになって、インターネットでグルグルと次世代の車のことを探している。

ちょっと難しい課題じゃない?

大体さ、クルマのことなんてあまり知らないのに、次世代の車なんてどう書けばいいのか。


とりあえずハイブリッドカーが次世代の車って書いておけば無難?

いいや、ゼロエミッションの電気自動車こそが次世代の車の到達形だって書いちゃえば合格?

 

 

 

 

よーく考えてみよう。

別に先生たちは君たちに自動車の技術的な問題解決を問いかけているわけではないよね。

むしろ、学生にしかできないようなアイディア、議論の飛躍を求めているんじゃないかな?

そうだ、次世代の車の宿題の回答は、思い切って君にしか想像できない次世代の車をぶつけてやろう!

ある男の子は、「次世代の車は柔らかい素材なので事故っても人を傷つけないし、自分も傷つかない」

って書いたよ。

ある女の子は、「次世代の車は、毎日の気分次第で、カラーもデザインも自由に変えられるの」って書いた。


それは面白いアイディアだよね、

自動車会社のプロエンジニアたちからは決して出てこないもの。

ネットを彷徨って次世代の車は見つかるかなぁ。

ひょっとして、探している次世代の車は、君の頭の中のガレージにこそ停まっているのかもしれないね。


で、君はどうする?

まさか「次世代の車はブレーキとアクセルの踏み間違えがない構造」みたいな、

中途半端に車の性能をいじったレポートは書かないよね?

 

 




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