昔の車 彼女

昔の車に対しては、わたし、結構意見があってよ。

昔の車の愛好家として、クラシックカーの集いには欠かさず参会するわたし、

ところで、山里をドライブしているとき、放置された廃車を見かけることがある。

ナンバープレートさえ取り外されて、廃車費用がもったいないのか残置のままの車。

雨風にさらされ、時間のネチっこい攻撃の前に、鉄クズと化した車のことね。


人はあれを昔の車と呼ぶけど、どうかな、わたしはAgreeできない。

あれは昔の車じゃなくて、ただの廃車、過去の瓦礫に埋もれた廃車よ。

わたしの主張によると、昔の車と呼んでいいのは、どれだけ古かろうと、今でも走る車だけ。

 

 

 


例え現代に照らしてみれば、奇妙奇天烈なデザインで、公道をドライブしていれば

子供たちから指をさされて笑われ、ポンコツ呼ばわりされようとも、

現役で走っているからには、昔の車という誇らしい称号をわたしは与えたくなるの。

 

廃車はもう走らないからね、あれは錆びと滅びの死に体、車を廃業した鉄の塊よ。

わたしが愛する昔の車は、どれだけ燃費が悪くて、エンジントラブルが多くても、

何十年経っても現役で車道を走り続けている車、そのことを指しているのよ。

現役でいたい、わたしもいつまでも現役でいたい、昔の車という名前にしがみついていたい。

女を廃業したくないから、車を廃業したくないから

 

昔の車の思い出

昔の車を振り返る時、そこに一抹の愛しさを感じることはないかい?


あの昔の車は、あの部分がポンコツだったとか、あんな事故で壊してしまったとか、

そんなネガティブな記憶よりも、あんな場所にカワイイ彼女とドライブしたとか、

あの車を手にした時の喜びが忘れられないとか、

そんなポジティブな思い出ばかりが、残っているんじゃないかな?

 

それも、時間が進めば進むほど、昔の車は輝いていく。昔の車が進化するなんて、有り得ないこと。


でも、現に昔の車の思い出は、時間に美化されて、

今も力強く、記憶の彼方の道路を走っているじゃないか

 

 

 

 

勘違いしているわけじゃないよね?

またあの昔の車に乗りたいと思うのは、馬鹿げたことでしょう。

未来の車が変容していくのと同じく、あなた自身が、日々変わっていく最中なのだから。


つまりは、未来のあなたが昔の車をどう変えてゆくかだよ

今のあなただから、昔の車さえ乗りこなすことができる。

昔の車に育てられて大人になった、そんなあなたが見たいな。


昔の車に、若かった時の自分を照らし出して、うらやましがってない?

あぁ、失礼!

そんなつまらない大人に育ったあなたではありませんでしたね。


とある昼下がりのネット散歩中に、昔の車を思い出していたのは、ただの飲み屋トークでしょう!

 

昔の車 燃費

昔の車が、燃費が悪いポンコツだ、というイメージが間違いだ。

どの世界にも偉人っているのがいるだろう、年齢に見合わず、若者を凌ぐぐらいの凄いおじさん。

現代の車の中にも、流行りの最新車をぶっちぎりで追い抜かす昔の車っていうのもあるんだな。

要は身体のメンテナンスだからね、加えて覇気があれば年齢が上でも、その世界で一番になれる。


とある昔の車は、外見は昭和のスーパーカーチックなんだけど、中身は最新の部品で創られている

だから昔の車でも、ぶっちぎりでスピードをあげることができるよ。

そのくせ、実はハイブリッドシステムも導入しているから、燃費だって一応の性能。


車は部品によって生まれ変わることができるよ、外見と中身はリンクしないのだって

この昔の車が教えてくれた。

 

 

 

 

アウトバーンで昔の車を走らせていると、クラシックな外見を甘く見てか、

最近の車どもはオレを馬鹿にしてくれる。

そんなとき、突如、昔の車は風のようなスピードで走り去っていくのだ


それを見た未来の車どもは、何を生意気な、とばかりにスピードを上げるが、

中身は最新の最高峰の昔の車だから、スピードは段違い。

瞬時に差がついて、誰も追い付けない速度で走り去った昔の車に、びっくりして腰を抜かす最新の車ども。

外見だけで計れないことは世に数あれど、昔の車が現代最高峰の性能を持っているとは、誰も予想しない。


イタズラな小細工だと思うかい?

いいや、昔の車だって、中身次第で凄いものになるんだから、外見で他人は読めないってことさ。